東京高等裁判所 昭和39年(行ケ)35号 判決
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〔判決理由〕二 原告は、本件審決は、認定ないしは判断を誤つた違法のものであるから、取り消されるべきである旨主張するが、この主張は理由がないものといわざるをえない。以下、その理由とするところを各項につき説明する。
(イ)の主張について
引用例によれば、原告の指摘するとおり、「三飽和、二飽和、一飽和及び三不飽和グリセライドの量及び割合は、各区分には唯二種のグリセライドのみが存在するという仮説に基づいて各区分の脂肪酸組成から算出した」旨記載されていることは明らかであるが、同号証には、原告も自認するとおり、各区分が二種類をこえるグリセライドを含有しないという証明をすることは非常に困難であるが、現在進行しつつある研究においては、その仮定が正しいことを結論づけるような手掛りを見出している。」旨記載されており、さらに、これに続いて、「たとえば、アセトン溶液中の過マンガン酸カリ酸化による三飽和グリセライド測定を別個に行なつた結果は、分別結晶法により見出された量とよく一致した。さらに濾液F2の試料に関して脂肪酸分析を行なうと二飽和グリセライドに相当する結果を得た。各種グリセライドの溶解度、凝固点を分別結晶の概略とに関連させて考えると、仮定が根拠のないものではない(is not unreasonable)。」旨記載されており、また、「分光光度計法は、脂肪酸組成分析に関し首尾一貫した結果を与え、この方法が天然油脂の組成を検討する場合に信頼できるものであることを、さらに確認した。」旨記載されている。これら一連の記載を総合して判断すると、引用例にいわゆる「仮定」が単なる想像的空論ではなく、技術的事実を表明するものであることを推認するに十分であり、これが単なる想像上の所産であることを窺知せしめる何らの資料も存在しないのであるから、本件審決が、引用例の記載から、牛脂及びラードの分別部分の一つとして、「一不飽和グリセライドを主成分として、三不飽和グリセライドを含まない部分を得た」という事実を肯認したことにいささかの非難すべきものはない。原告は、引用例が仮に試みられた初歩的レベルの調査の報告にすぎず、P4部分や三不飽和グリセライドの各分析精度に触れていない点を挙げて引用例から前記の事実を認定したことを論難するが、仮にそのような点が事実としても、そのことは、本件審決の前記認定の当否に何らの消長を及ぼしうべきものでないことは多言を要しないところである。
(ロ)の主張について
その前段部分、すなわち、引用例の結論が仮説に基づく計算上の結果にすぎないとする主張の採用しがたいことは、前項に説示したとおりである。
その後段の部分、すなわち、本願発明と引用例記載のものとは技術的構成上の差異がある旨の主張は、本件審決も、原告主張のとおりの差異のあることを認定しているのであるから(そのことは原告の自認するところである。)その限りにおいて、本件審決に違法の点はない。もつとも、原告の主張中冷却時間に関する部分は、それが本願発明の要旨を構成する要件でない本件において、実施例における冷却時間をとらえて論議することは、全く意味のないことである。また、原告は、引用例は、初歩的な実験であるに対し、本願発明はカカオ脂と混融しても品位を低下しめることのないカカオ代用脂を工業的に得ることを始めて可能ならしめたものである点において両者に差異がある旨主張するが、本件審決は、本願発明に関する右原告主張の点は、引用例と本願出願当時の周知事項から、当業者が何らの努力を要することなく容易に類推できる程度のもので、これら公知手段との間にその技術的構成において格別顕著な差異がないとしたものであり、(この認定が是認しうるものであることは後記認定のとおりである。)引用例のみから認定したものでないから、右原告の主張は、もとより採用に値しない。
(ハ)の主張について
参照例によれば、従来はタロー、ラードの如き動物脂がカカオ代用脂製造原料油脂として使用された事実を肯認することができ、しかも、他にこれを覆すに足る資料は存しないのであるから、この点に関する本件審決の認定に非難すべきものはない。もつとも、同号証には、「今日に於ては動物脂は余り使用せられず。」と記載されているが、この記載は、前認定の妨げとなりうべきものではない。けだし、過去において周知であつたこと(したがつて、現在も同様)と、現に余り実際には使用されないという事実とは全く別個の事柄に属するからである。原告は、牛脂やラードがそのまま単独でカカオ脂代用品として使用されうる旨の記載は前掲参照例には記載されていないと主張するが、そのような使用の態様に関する事実もまた、右認定に消長を及ぼしうべきものでないことは多言を要しないところであろう。
(ニ)の主張について
牛脂、ラードのような動物脂をカカオ脂代用品として使用することが周知であること前説示のとおりである以上、これら動物脂をさらに精製分別して、よりよいカカオ脂代用品を得ようとすることは当業者の容易に想到するところと推認される。したがつて、この点に関する本件審決の判断は、行文生硬を免れがたいものなしとしないが、結局において正当といわざるをえない。原告のこの点に関する主張は、理由がない。
(ホ)の主張について
引用例は溶剤分別法を牛脂、ラードの分析方法の研究のための試料調製のために応用するものであることは原告の自認するところであり、この事実によれば、その目的の点はしばらく別としても、引用例には牛脂、ラードの精製分別手段が開示されていることは明らかであるから、本件審決がその旨の認定をしたことは、それ自体は正当であり、これを誤りであるとすることはできない。原告は、溶剤分別法が牛脂、ラードの精製分別手段となりうるものであることを自認しながら、引用例には、これを何らかの具体的な工業的用途に応用するという課題が記載されておらず、原告の本願発明は、その可能性すら示唆されていないとして本件審決の前記認定を誤りであると主張するが、そのような理由から本件審決の前記認定を非難することは当を得たものではない。けだし、本件審決は、牛脂、ボラードの精製分別法が公知であつたことを認定したに止まり、その目的ないし課題については、何ら論及していないことは、本件当事者間に争いのない本件審決理由の要点に徴し明らかなところであるからである。
(ヘ)の主張について
引用例によれば、引用例中のP4部分は、本願発明における中融点部と同様、二飽和(一不飽和グリセライドを主成分とし、かつ、三不飽和グリセライドを含んでいないことは明らかであり、本願発明の特許公報及び<書証>によれば、天然カカオ脂、本願発明の各実施例における中融点部並びに引用例記載の牛脂及びラードの各P4の部分の融点及び沃素価の比較は、被告主張のとおりであることが明らかであるから、本願発明にかかる製品が「その化学的性状及び構造においても天然脂に近いものといえる」と同様の意味合において、引用例記載のもの(P4)も、天然カカオ脂の成分、性状と近似するといえないではないことは言をまたない。したがつて、グリセライド組成のモル比や脂肪酸組成比の点の差異を考慮の外において、引用例の一分別部分とカカオ脂の成分、性状が近似しているとした本件審決の認定は、本願発明と引用例の記載とを比較する立場においては、全く正当であり、そこに誤りがあるとすることはできない。
(ト)の主張について
当事者間に争いのない本願発明の要旨と前説示の引用例に開示された技術思想及び本願出願当時の周知事項とを対比判断すると、本件審決認定のとおり、本願発明は、これら事項から当業者の容易に推考しうる程度のものと認めるを相当とし、したがつて、これと同趣旨に出た本件審決の判断を正当ということができる。
(チ)の主張について
以上詳説したとおりであるから、「本願方法は、旧特許法第一条の発明を構成しない」とした本件審決の判断に誤りがあるとすることはできない。
(むすび)
三 叙上のとおりであるから、その主張の点に認定ないし判断を誤つた違法があるとして本件審決の取消を求める原告の本訴請求は理由がないものというほかはない。
(三宅正雄 土肥原光圀 武居二郎)